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福岡地方裁判所小倉支部 昭和56年(ワ)864号 判決

甲事件原告・乙事件被告 下村光次郎

甲事件被告・乙事件原告 国

代理人 辻井治 南新茂 川内将弘 家入幸雄 ほか二名

乙事件被告 竹中喜三 ほか一名

亡竹中久衛 承継人 竹中喜三 ほか四名

亡小原ハルコ 承継人 大江瞳 ほか二名

選定当事者 大江瞳

主文

一  乙事件被告下村光次郎は乙事件原告に対し、別紙物件目録(一)、(二)記載の各建物を収去して同目録(四)、(五)記載の各土地を明け渡せ。

二  乙事件被告田坂夛一は乙事件原告に対し、前記目録(一)記載の建物から退去して同目録(四)、(五)記載の各土地のうち右建物の敷地部分の土地を明け渡せ。

三  乙事件被告大江瞳は乙事件原告に対し、前記目録(二)記載の建物から退去して同目録(四)、(五)記載の各土地のうち右建物の敷地部分の土地を明け渡せ。

四  乙事件被告竹中喜三、同竹中ウメノ、同田坂チズ子、同竹中誠一、同竹中淳子は各自、乙事件原告に対し、前記目録(六)記載の土地を明け渡せ。

五  甲事件原告の請求をいずれも棄却する。

六  甲事件の訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

七  乙事件の訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。

八  この判決は、第一ないし第四項、第七項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件について)

一  請求の趣旨

1 (主位的)

甲事件被告は甲事件原告に対し、別紙物件目録(三)記載の土地について、昭和一八年八月三一日付交換を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2 (予備的)

甲事件被告は甲事件原告に対し、右土地について、昭和一八年八月三一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3 訴訟費用は甲事件被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文第五、六項と同旨。

(乙事件について)

一  請求の趣旨

1 主文第一ないし第四項、第七項と同旨。

2 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 主位的請求原因

(一) 別紙物件目録(三)記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと甲事件原告の先代である訴外亡下村悦蔵(以下「悦蔵」という。)の所有であつたが、悦蔵は内務省に対し、昭和八年二月一日、本件土地を上地した。

(二) 悦蔵は、昭和一八年八月三一日、内務省との間で、内務省所有の本件土地と悦蔵所有の北九州市小倉北区大字小熊野字貴船ノ下一七八番三、同所一七七番四の各土地を交換する旨契約した。

(三) 悦蔵は、昭和三二年二月一一日、死亡し、甲事件原告は同人の相続人として本件土地の所有権を相続により承継取得した。

(四) よつて、甲事件原告は甲事件被告に対し、請求の趣旨1の登記義務の履行を求める。

2 予備的請求原因

(一) 仮に、右交換契約の主張が認められないとしても、悦蔵は、昭和一八年八月三一日以来、占有の始め無過失で、本件土地を材木置場として、昭和二二年ころより畑として、昭和二四、二五年ころより建物を建築して使用占有してきた。

(二) したがつて、悦蔵は、昭和二八年八月三〇日の経過により本件土地の所有権を時効取得した。

(三) 主位的請求原因(二)と同旨。

(四) よつて、甲事件原告は甲事件被告に対し、請求の趣旨2の登記義務の履行を求める。

二  請求原因に対する認否

1 主位的請求原因に対する認否

(一) 主位的請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認。

(三) 同(三)のうち、悦蔵の死亡及び甲事件原告が悦蔵の相続人であることは認め、その余は争う。

(四) 同(四)は争う。

2 予備的請求原因に対する認否

(一) 予備的請求原因(一)の事実は否認。

(二) 同(二)は争う。

(三) 同(三)に対する認否は、主位的請求原因に対する認否(三)と同旨。

(四) 同(四)は争う。

三  抗弁(予備的請求について)

1 本件土地は、甲事件被告が所有し、北九州市が管理する公共用財産であつて、取得時効の対象とはなり得ないものである。

本件土地の経緯は次のとおりである。

(一) 旧企救郡小熊野村と篠崎村(いずれも後に旧板櫃村に合併)を結ぶ幹線道路として郡道小熊野線(起点旧小倉市大字篠崎一三一三―一、終点同市大字小熊野三二八―一)があつたが、大正一四年旧板櫃村と旧小倉市が合併した際、地元小熊野地区住民から道路整備の要求が出され、旧小倉市は、郡道小熊野線が幅員狭小で曲折が多かつたため、新しくこれに代る道路を建設することになつた。

(二) 旧小倉市は、昭和五年から昭和八年にかけて用地を取得し、幅員五・四五メートル、延長一、八四〇メートルの道路を建設したが、本件土地は、その際悦蔵から内務省に対し、右道路用地として上地されたものである。右道路は、市道小熊野線(起点旧小倉市大字篠崎一〇二一、終点同市大字小熊野二四四)として旧道路法(大正八年法律五八号)の規定により認定され、そのころ供用が開始された。

なお、旧道路法の規定による道路はすべて国の営造物と観念されていた(旧道路法一一七条等)ので、市道は、国の機関委任事務として市長が管理し、道路建設のために取得した土地は原則として国の所有とするとされていた。新道路法(昭和二七年法律第一八〇号)の施行により市道は地方公共団体の営造物とされ、本件土地は、道路法施行法五条の規定による貸付財産として旧小倉市が管理することになつた。

(三) 市道小熊野線は、昭和一七、一八年ころから山田弾薬庫の軍用道路として拡幅改良の必要が生じ、旧小倉市は、この工事を都市計画法に基づく街路事業として実施し、事業路線名「金田今村線」として計画決定し、昭和二〇年から昭和二一年にかけて用地を取得した。

この時、旧小倉市は、昭和二〇年一〇月一日、悦蔵から本件土地に隣接する北九州市小倉北区大字小熊野字貴船ノ下一七八番三、同所一七三番二、同所一七四番二、同所一七七番四の各土地を売買により取得した。

(四) 前記のとおり、本件土地は、市道小熊野線の道路敷地として旧小倉市が管理していたものであり、昭和三八年二月一〇日合併により北九州市が承継し、「新高田熊谷一号線」(昭和五三年五月一二日北九州市告示第一六四号で路線名変更)として管理している公衆用道路敷地である。

2 悦蔵は、本件土地が道路敷地たる公共用財産であることを知りながら占有を開始したものであるが、右占有は後日払下を受けることによつて自己の所有になることを予定して開始されたものであるから、所有の意思を欠いたものである。

3 悦蔵は、本件土地が自己の所有する土地でないことを知りながら、占有を始めたものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1ないし3は争う。

五  再抗弁

本件土地は、前記上地後現在に至るまで、道路として開設することなく公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失しているから、黙示的に公用が廃止されたものというべきである。

六  再抗弁に対する認否

争う。

本件土地は、道路として現実に供用され、通行の用に供されていたものであるが、悦蔵及び甲事件原告の不法占拠により、道路としての公の目的を害され、道路の管理を著しく阻害されているが、三叉路の角地にあり、交通の要所に位置するため道路としての機能を回復する必要性が高く、また消防署への車の出入りのためにも道路として維持する必要がある。

(乙事件について)

一  請求原因

1(一) 甲事件主位的請求原因(一)と同旨。

(二) 別紙物件目録(五)記載の土地は、水路及び里道敷地であつたが、市道小熊野線の開設と同時に右市道敷地として供用開始されたもので、乙事件原告の所有に属する。

2 乙事件被告下村光次郎は、別紙物件目録(四)、(五)記載の各土地上に同目録(一)、(二)記載の各建物を建築し、訴外亡竹中久衛、乙事件被告竹中喜三に同目録(六)記載の土地を使用させることによつて同目録(四)、(五)の各土地を占有している。

3 乙事件被告田 坂一は、別紙物件目録(一)記載の建物を、訴外亡小原ハルコは、同目録(二)記載の建物をそれぞれ乙事件被告下村光次郎から賃借居住することによつて、同目録(四)、(五)記載の土地のうち右各建物の敷地部分(別紙図面(一)及び(二)の建物の敷地部分)の土地を占有している。

4 訴外亡竹中久衛、乙事件被告竹中喜三は、別紙物件目録(六)記載の土地を乙事件被告下村光次郎から借り受け、廃車や破損した農機具等の置場としてこれを占有している。

5(一) 訴外亡小原ハルコは、本訴提起後の昭和五七年七月二二日に死亡し、乙事件被告大江瞳、訴外白石泰隆、同加治常美がその相続人の全部である。

(二) 訴外亡竹中久衛は、本訴提起後の同年三月四日に死亡し、乙事件被告竹中ウメノ、同竹中誠一、同竹中淳子、同田坂チズ子、同竹中喜三がその相続人の全部である。

6 よつて、乙事件原告は乙事件被告らに対し、所有権に基づき、請求の趣旨1(主文第一ないし第四項)のとおり求める。

二  請求原因に対する認否

(乙事件被告下村光次郎、同竹中ウメノ、同竹中誠一、同竹中淳子、同田坂チズ子、同竹中喜三―以下「乙事件被告下村ら」という。)

1 請求原因1のうち、(一)の事実は認め、(二)は否認。

2 同2の事実は認める。

3 同4の事実は認める。

4 同6は争う。

(乙事件被告田坂夛一)

1  請求原因1、2の事実は不知。

2  同3の事実は認める。

3  同6は争う。

(乙事件被告大江瞳)

1  請求原因1、2の事実は不知。

2  同3の事実は認める。

3  同6は争う。

三 抗弁

(乙事件被告下村ら)

1  甲事件主位的請求原因(二)、(三)と同旨。

2  甲事件予備的請求原因(一)ないし(三)と同旨。

四 抗弁に対する認否

1  抗弁1に対する認否は、甲事件主位的請求原因に対する認否(二)、(三)と同旨。

2  同2に対する認否は、甲事件予備的請求原因に対する認否(一)ないし(三)と同旨。

五 再抗弁

甲事件抗弁1ないし3と同旨。

六 再抗弁に対する認否

(乙事件被告下村ら)

再抗弁に対する認否は、甲事件抗弁に対する認否と同旨。

七 再々抗弁

(乙事件被告下村ら)

甲事件再抗弁と同旨。

八 再々抗弁に対する認否

再々抗弁に対する認否は、甲事件再抗弁に対する認否と同旨。

第三証拠 <略>

理由

第一甲事件について

一  主位的請求について

1  主位的請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  甲事件原告は、悦蔵が、昭和一八年八月三一日、内務省との間で、内務省所有の本件土地と悦蔵所有の北九州市小倉北区大字小熊野字貴船ノ下一七八番三、同所一七七番四の各土地を交換する旨契約したと主張するけれども、これに符合する<証拠略>は、<証拠略>に照し容易に採用できず、その他右主張事実を認めるに足る証拠はない。

二  予備的請求について

甲事件原告は時効取得を主張するので、以下検討する。

1  甲事件原告は、悦蔵は、昭和一八年八月三一日以来、占有の始め無過失で、本件土地を使用占有してきたと主張するけれども、前認定のとおり、本件土地は悦蔵本人が内務省に上地した土地であり、主張の交換契約の成立も認められず、本件全証拠によつても、悦蔵が占有の始め本件土地を自己の所有と信ずることに過失がない事情を認めることはできない。

2  また、公共用財産は、通常の場合には行政主体による公用廃止行為がない限り、私的占有ないし時効取得の対象とはなり得ないものというべきであるが、長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなつた場合には、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げないと解すのが相当であるところ、自主占有開始の時点までには右基準に適合する客観的状況が存在していることを要し、占有開始後時効期間進行中のいずれかの時点ではじめて右基準を具備したというだけでは足りないというべきである。

これを本件についてみるに、前認定事実<証拠略>を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 悦蔵は内務省に対し、昭和八年二月一日、本件土地を公衆用道路として上地し、本件土地は、そのころ市道小熊野線(起点旧小倉市大字篠崎一〇二一、終点同市大字小熊野二四四)の一部として供用が開始された公共用財産である。

(二) 市道小熊野線は、昭和一七、一八年ころから山田弾薬庫の軍用道路として拡幅改良の必要が生じ、旧小倉市は、この工事を都市計画法に基づく街路事業として実施し、事業路線名「金田今村線」として計画決定し、昭和二〇年から昭和二一年にかけて用地を取得し、その際、旧小倉市は、昭和二〇年一〇月一日、悦蔵から本件土地に隣接する北九州市小倉北区大字小熊野字貴船ノ下一七八番三、同所一七三番二、同所一七四番二、同所一一七番四の各土地を売買により取得し、従来の道路を拡幅した。

(三) 悦蔵は、そのころ、右売買により土地を失つたことから、本件土地を畑として占有使用を始め、その後別紙物件目録(一)、(二)記載の建物を建築して占有使用し、そのため本件土地は道路としての機能を阻害され今日まで至つた。

(四) 今日まで、行政主体による本件土地の明示の公用廃止はない。

右認定事実によれば、悦蔵の本件土地の占有開始時までに、本件土地について前記の黙示の公用廃止があつたものとみるべき基準を具備したものということはできず、甲事件原告の時効取得の主張は採用できない。

第二乙事件について

一1  請求原因1(一)の事実は、当事者間に争いがなく(乙事件被告下村ら)、また、<証拠略>によつて認められる(乙事件被告田坂夛一、同大江瞳)。

2  <証拠略>によれば、請求原因1(二)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二1  請求原因2、4の事実は当事者間に争いがない(乙事件被告下村ら)。

2  請求原因3の事実は当事者間に争いがない(乙事件被告田坂夛一、同大江瞳)。

三  請求原因5(一)、(二)の事実は、記録上明らかである。

四1  抗弁1に対する判断は、前記第一、一2説示のとおり。

2  同2に対する判断は、前記第一、二説示のとおり。

第三結論

以上の次第であるから、乙事件原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、甲事件原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉了造)

別紙〈図面省略〉

物件目録

(一) 北九州市小倉北区大字小熊野字貴船ノ下一七八番地二

木造瓦葺一部トタン葺平家建

床面積 四六・六五平方メートル

(二) 北九州市小倉北区大字小熊野字貴船ノ下一七八番地二

木造瓦葺平家建

床面積 五〇・九六平方メートル

(三) 北九州市小倉北区大字小熊野字貴船ノ下一七八番二

公衆用道路 二五一平方メートル

(四) (三)の土地のうち、別紙図面(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)、(7)、(8)、(1)の各点を順次直線で結んで囲まれる部分 一八五・三八平方メートル

(五) (四)の土地先、別紙図面(A)、(B)、(C)、(D)、(6)、(7)、(8)、(A)の各点を順次直線で結んで囲まれる部分 二〇・四四平方メートル

(六) (四)、(五)の土地のうち、別紙図面(1)、(2)、(3)、(B)、(A)、(8)、(1)の各点を順次直線で結んで囲まれる部分

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